「〇〇坂上」の謎
先日、都内合成駅名めぐりという記事を書いた際、「中野坂上」と「志村坂上」という二つの地名をご紹介した。その記事中でも言及した通り、筆者を含め少なくない数の人はこの駅名を「中野/志村+坂上」だと思いこんでいただろうが、実際は「中野坂」「志村坂」という坂が実在し、その坂の上に存在するのが両駅なのである。つまり、実情は「中野坂/志村坂+上」であったと。
しかしここで疑問には思うまいか。地元民ではないから実際の発音は不確かだが、普通に読めば「中野坂」はナカノザカ、「志村坂」はシムラザカと読めて、どちらも「-ザカ」と濁る発音であるのに、「中野坂上」「志村坂上」は「-サカウエ」と、清音で発音されている点だ。先程述べたような「ナカノザカ/シムラザカ+上」の構造ならば、「ザ」は濁音のまま残るはずだ。これはおかしい。
疑問
「〇〇坂(ザカ)+上」のはずの地名が、〇〇坂上(サカウエ)と清音化するのはなぜか
では、検討していこう。
辞書を確認
第一に、「坂上(さかうえ)」という言葉が存在するのではないか、ということが挙げられる。辞書を引いてみると、
さか‐うえ ‥うへ【坂上】
〘名〙 坂をのぼりきった所。坂の上。
※彼岸過迄(1912)〈夏目漱石〉報告「其所へ来ると、坂下と坂上(サカウヘ)が両方共二股に割れて」(精選版日本国語大辞典、2021年4月14日閲覧)
と、確かに載っている。
ちなみに、「坂下」についても、
さか‐もと【坂下・坂本】
[1] 〘名〙 坂の下。峠のふもと。さかした。
※古事記(712)上「黄泉比良(よもつひら)〈略〉坂の坂本(さかもと)に到りし時」さか‐した【坂下】
[1] 坂の下。坂の登り口。さかもと。
※浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉二「坂下(サカジタ)に待たせて置た車に乗って三人の者はこれより上野の方へと参った」(精選版日本国語大辞典、2021年4月14日閲覧)
大辞泉にも同様の記述があったから、これは間違いなさそうだ。ただし、どちらも用例が単体のものに限られるのが残念だ。
アクセントを確認
NHK日本語発音アクセント辞典によれば、
サカ\ 坂
ウエ ̄ 上(「~の上」は尾高)
(『NHK日本語発音アクセント辞典 新版』、表記は現行の「新辞典」に揃えて変換した)
と表記されている。
新辞典では音の上がり目の表記を取りやめたそうだが、ここであえて示すと「ウ/エ ̄」となる。つまり、「〇〇坂上」という地名が本当に「〇〇坂」+「上」であれば、「〇〇サカ・ウ/エ ̄」となるはず。
自動放送を確認
これが正しい、というわけではないが、一つの基準として、自動放送を聞いてみよう。
中野坂上 ナカノサカ\ウエ
志村坂上 シムラサカ\ウエ
ちなみに、現地へ足は運んでいないものの、鉄道好きには放送好きというジャンルもあり、その道の方々が丸ノ内線・三田線の全駅の自動放送の動画がYouTubeにアップロードされていたので、無事確認することができた。
これによると、なるほど「〇〇坂・上」の発音では無いことがわかる。つまり、可能性としては「〇〇坂上」で一語化している(複合名詞)可能性と、「坂上」の繋がりが強いために、「〇〇」+「坂上」になっている可能性とが残された形になる。
ここまでのまとめ
清音化している点から考えると、後者の可能性に則って「〇〇坂(ザカ)」が「〇〇」と「坂(ザカ)」に分解され、再び「〇〇」と「坂上(サカウエ)」が結合したと考えるのが有力かもしれない。
無論、自動放送が「間違っている」可能性もあるから、早合点にならぬよう気をつけることだが、ひとまず発音の観点だけからすると「〇〇坂+上」である可能性は薄そうだ、という点は言えるだろうか。
ここまでで、
・「坂上」は一語としてまとまりがある
・NHKと自動放送を照らし合わせると、「〇〇坂上」(一語)か「〇〇+坂上」と取れる発音がされており、「〇〇坂+上」ではなさそうだ
という二点が推測される。
今後は当該自治体の「区史」やその他地名に関する書籍の確認などをしてみたい。また考察が進み次第、続編を書こうと思う。
(ご意見やご指摘等あればコメントお願いします)