Gboardの辞書が使えない話

助けてください。私のスマートフォンが悪いのでしょうか──。


全国のAndroidユーザーの皆さん、そして魂こそAppleに売れ、Googleに忠誠を誓うiPhoneユーザーの皆さん、こんにちは!

どうやら、少し前からGboardのユーザー辞書が死んでいるらしいです。具体的にいうと、単語登録をしても一切反映されません。私は入力速度が速いし特殊な熟語も音読みで分けて入力するので、あまり辞書を使うことはありませんでした。
しかし、変換でなかなか入力できない記号系は厄介です。
私の場合、倍角ダーシ(これ→ ──)が入力したくてしたくてしょうがないのに、Gboardは応えてくれません。まさか私にリーダー(これ→ ⋯⋯)を使えとでも宣うのでしょうか。悔しくて涙が止まりません。
それに、三点リーダーだってデフォルトで変換できるのは(……)だけです。むごい仕打ちです。

かくいう私は、先日サポート終了したGoogle日本語入力から乗り換えて日が浅いのですが、日本語→英語の切り替えが速やかになり、予測変換が賢くなった一方で、辞書が使えないのはやはり致命的欠陥だとしか言えません。
Gboardのレビューを覗いたら☆1.9で、皆口を揃えて辞書を何とかしろ、とありました。私からもお願いします、Google社さん……
日本人は、日本語文化の維持継承と発展のために、少なくともデジタル化の流れにおいては無力でした。恐らく、ワープロの発明と、Microsoft Word・Adobe InDesignの存在がなかったら、日本語のこの文字体系は残っていなかったいたでしょう。そう言っても過言ではありません。
そしていま、複数の文字を有する以上「変換」行為が不可欠な日本語において、これなくして何で入力していいのか、というほどに優れているのがGoogleのキーボードです。悲しいかな我々は、もとい私は、日本企業ではなく、あくまでGoogleに頼らざるを得ません。速さ・使いやすさ・予測変換の三点において優秀なこのキーボードなのですから、どうか早く修正していただければと願うばかりです。

ポスター作りました

広告とかデザインって、プロパガンダやってる時が一番発達するんですよね。

 

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 "幻の万博"ポスターがとても好きなので、似せる形で作ってみたかったのですよね。

Photoshopの油彩加工って面白いですね。初めてなのでもう少し上手く使えるようになると良いかな。

字は作ろうと思っていましたが、国鉄方向幕書体の平体でぴったりハマってしまったので終わり! まあ所詮は遊びなので。(所要時間1.5h)

終しまい→お終い

「終わる」「終る」はオワルと読み、「終に」はツイニと読むのは言うまでもないが、「終う」と書けばシマウという読みがある。
平易な漢字ではあるが、「終う」の方は見かける頻度もあってか、どうやら定着度が低いようである。
先達て、「終しまい」という誤記を見た。元を辿れば「御」+「終い」であるから明らかに誤りであるし、「終」にシが続く読みは存在しないのであるが、どうも「終わり」からの類推で「終」をオに使いたくなってしまうようである。Twitterで検索をかけると、この誤記の例が出てくるが、決して少なくない数である。変換できないにも関わらず。きっと彼らはキーボードの"無能"に苛立っているに違いない。
しかし、こう書きたくなる気持ちは十二分に解る。「終い」を使うのは、せいぜい"結局"のニュアンスで「終いには……」と綴るときぐらいのものではなかろうか。かくいう私も語源に立ち戻って考えるまで、誤記か否かで少々迷った。

お+和語で敬語化する際、和語が平仮名で終わるものだと、平仮名で漢字を挟む形になるのが、少し気になる。「お便り」「お気持ち」「お断り」などなど。このあたりはいっそ「御」を使って「御便り」「御気持ち」「御断り」などと書いたほうが快い気もするが、これはこれで漢語の「御便」+「り」のような異分析を招きそうだ。問題の「お終い」を「御終い」と書いてみたところで、読みづらさはそう変わりない。むむむ。

そういえば、別の日には"(一緒に)ついてくる"という意味で「着いてくる」という誤記も目にしたが、正しい「付いてくる」という表記もあまりピンと来ない。「付」では接着のイメージが強く、人が付き従って来るのを「付」と表すのにはなかなか慣れない。
ありふれた結論とはなるが、やはり漢字がよくわからないときは平仮名で書くに限るだろう。

平仮名ばかりで書き下せ!?

漢文の問題で、次のような言い回しを見かけることが少なくない。

(1) 次の文を、平仮名ばかりで書き下しなさい。

書き下すというのは、漢文を日本語文に直すということで、題意としてはその日本語文に漢字を使うなかれ、ということだろう。

しかしここで気になるのが、「ばかり」という言葉の適切性である。

疑問

「平仮名ばかりで書き下せ」の意味とは?

「ばかり」のイメージ

「〇〇ばかり」という言葉からまず思いつくイメージは何だろうか。例えば、

(2) 博物館はおじさんおばさんばかりで、同世代の人は全然いなかったよ。

のように、"〇〇が多い"という意味を表すことがある。他にも、

(3) ただ時間ばかりが過ぎていく。

(4) 二つばかりお借りしますね。

のように、「だけ」「ほど」を表すこともある。

しかし今回、(1)「次の文を、平仮名ばかりで書き下しなさい。」と言われても、あまりピンと来ない。私は最初にこの言い回しを見かけたときは、「『平仮名ばかりで』っていう指定だから、9割方平仮名で書けば、少しは漢字が混じっててもいいのか? 何だこれは?」と思ってしまった。一体、どの意味に当てはまるのだろう。

辞書によると……

結論から言えば、誤解を招きかねない表現かどうかはともかく、間違ってはいない。辞書にも掲載されている歴とした用法だ。

ばかり

〘副助〙 (副詞・体言・活用語の終止形・連体形・助詞などに下接する)
① おおよその程度・範囲を示して、取り立てる。ほど。ぐらい。ころ。
※万葉(8C後)一二・二九四三「我命の長く欲しけく偽をよくする人を執らふ許(ばかり)を」
※源氏(1001‐14頃)紅葉賀「四年(よとせ)ばかりがこのかみにおはすれば」
② 体言・活用語の連体形を受け、限定の意を表わす。ほんの…だけ。…だけ。中古以後の用法。
※古今(905‐914)哀傷・八六〇「露をなどあだなる物と思ひけんわが身も草に置かぬばかりを〈藤原惟幹〉」
※源氏(1001‐14頃)蜻蛉「涙に溺ほれたるばかりをかごとにて」
③ (打消の助動詞「ぬ(ん)」「ない」などに下接して) ②から派生した用法。表面で…しないだけで実質的には…したのも同じということから、今にも…しそうであるの意を表わす。
浄瑠璃・夕霧阿波鳴渡(1712頃)中「今の如く人中で、踏まれぬ斗(ばかり)に恥をかき」
人情本・花筐(1841)五「何卒何卒(どうぞどうぞ)と手を合して、拝まぬばかりに頼みつつ」
④ (過去・完了の助動詞「た」(文語では過去の助動詞「き」の連体形「し」)を伴う動詞に下接して、その動作が完了して間もない意を表わす) …したて。
当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉一「先々月一寸お目に掛った計(バカ)りですから」

(精選版日本国語大辞典, 2021年4月27日閲覧 / 分量の都合から[語誌]を省略)

 なるほど、「ばかり」とは限定を表すそうだ。先程の例で言えば(4)「二つばかり」が①、(3)「時間ばかり」と(1)「平仮名ばかり」が②、と言えそうだ。実際、これらは「ばかり」をそのまま①に則って「ほど」、②に則って「だけ」に言い換えても、意味がすっきり通る。

つまり、(1)「平仮名ばかりで書き下せ」というのは、平仮名の多さ如何を問うているのではなく、「平仮名だけで」という意味だろう、と言える。無事解決。

「ばかり」と多寡

しかし、まだ気になるまいか。「ばかり」とは必ず限定しか表さないのだろうか?

先の例に、(2)「博物館はおじさんおばさんばかりで……」というのを示したが、これは辞書の②(限定)の通りに「博物館にはおじさんおばさんしかおらず……」とは言い換えられない。なぜならば、そう話している私自身は「おじさんおばさん」に該当しないからだ——。というのは詭弁かもしれないが、事実"おじさんおばさんが多くて~"のニュアンスで、限定ではなかろう、と思った読者諸君も多いのではなかろうか。無論、これが①③④の意味でも通じないことは明らかだ。

精選版日国が駄目なら、デジタル大辞泉も参照してみよう。それでも駄目なら、紙の辞書をよっこらしょと引きずり出してくる。

Webでは『精選版日本国語大辞典』がコトバンクなど、『デジタル大辞泉』がWeblioなどで参照できるので両サイトを使った。因みに拙宅には『明鏡国語辞典』、『岩波国語辞典』、『国語大辞典』(小学館)、『広辞苑』などがあるのだが、後ろ二つの重い辞書はなかなか億劫で出し難い。辞書所有の楽しみも一入だが、やはりピンポイントで言葉を探すときは、Web上で楽に閲覧できることに感謝したい。*1

閑話休題、今回は『岩波』→『精選版日国』→『デジタル大辞泉』→『明鏡』の順に引いた。すると、前3つの辞書が概ね上記①~④の意味と同様のことが書いてあった一方、『明鏡』は懇切丁寧に細分化した意味が記されていた。

ばかり〘副助〙

①《数量を表す語について》おおよその程度を表す。「かれこれ一時間ばかりも全された」

②範囲を限定する意を表す。

ア 《体言の直後について》(集団が)単一のものに限られている意を表す。「子供ばかりのグループ」

イ 《体言の直後や、体言+格助詞、動詞+「て」などについて》その事柄の及ぶ範囲が一つに偏っていることを表す。「ずうたいばかりが大きい」

ウ 《「…ばかりだ」の形で活用語の連体形を受けて》物事が偏って生じる意を示す。「文句を言うばかりで、動こうとしない」

(以下③~⑦略)

(『明鏡国語辞典』第二版 / 用例等は一部省略した)

あっ、これ! これですよ!!!

②イの「一つに偏る」。この表現が欲しかったんだなあ。腑に落ちます。あまりに鮮やかに腑に落ちたので特に考察することもなくなってしまいました。*2ありがとう明鏡。*3

現代語において、私が思うに「ばかり」は「だけ」ほど強い意味を持たないと思うのですが、どうでしょうか。方言差なんかもあるのでしょうか。私だけなのかな。

そして、その感覚の差こそが、冒頭に示した「平仮名ばかりで書き下せ」の理解を妨げるのかもしれない——と。成程、奥深い「ばかり」の世界が見えてきましたね。興味は深まるばかりです。

結論

辞書は複数引こう。明鏡国語辞典は良いぞ。

*1:いずれ辞書別の比較記事も書きたいところだ

*2:本当はこの解説文中の「その事柄の及ぶ範囲が」について適切か否かとかも議論しなければいけないのだろうが、今回はひとまず終わり

*3:明鏡国語辞典は初版が21世紀に入ってからという新しい辞典で、基本的に広辞苑を縮刷したような良質でエッセンシャルな見出し語/解説が特徴ですが、口語表現の微妙なニュアンスに根ざした解説が時たま見られるのが特に良いところです。

"感潮域"ロゴを作りました

自分でロゴを作りました。Adobe税を貢納した以上は全力で使い尽くします。

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カクカクした文字っていいよな、ということで、見よう見まねで直線を引いただけで作りました。

いちおう、下のレイヤーに游ゴシックは敷いて作業したのですが、結局それっぽい要素はなくなりましたね。

さんずいはうまく処理できたものの、斜め線はどうしても直角にしたら気持ち悪かったので、「感」と「域」で同じ傾きにすることでかろうじての統一感を。

 

最初トレースした名残があって、大きく映してみると「域」の口と横棒の長さが違うなどと、慌てて作ったために細部が粗いので、ぼちぼち修正加えていかないといけませんね。ロゴづくりは楽しいので、今度は同じタイトルで和風のものなんかも作ってみたいと思います。

 

部活・サークル等の組織のロゴなどが作りたい、という方は個別でご相談くだされば対応します。できる範囲で。

「〇〇坂上」の謎Ⅱ -ザカが-サカウエになる!?

前回の記事で「中野坂」「志村坂」が恐らく-ザカであるはずなのに、「中野坂上」は-サカウエと清音化してしまう件について問題提起をし、数点の考察で「〇〇坂上」は、「〇〇坂+上」ではなく、「〇〇坂上」で一語化しているか、あるいは「〇〇+坂上」の構造になっているだろう、という話を書いた。

kanchoiki.hatenablog.com

しかし、ここで一つの疑問が生じる。そもそも「〇〇坂上」のベースとなる「〇〇坂」が、本当に-ザカと連濁したものなのだろうか、という点だ。端から-サカと言われていた地名が派生して-サカウエとなったとしても、それはごく自然のことであるからだ。

一つ例を挙げよう。文京区にある富坂だ。この坂の上に「富坂上」というバス停があり、実際にトミサカウエと読まれている(自動放送・ローマ字表記による)ことから、これも清音化の例かと予想したのだが、文京区が設置した看板の振り仮名によれば、そもそも「富坂」自体がトミサカと連濁の無い形で読まれていたのだ。

「中野坂」「志村坂」がそもそも連濁を引き起こしていなければ、この「坂上を付すと清音化する」現象の前提自体が崩れてしまう。そこで、以下のような条件で実例を収集することにした。

条件

「坂の名前」「"坂上"の地名」の両方が、公式発表(区の資料や立て看板・道路標識)の振り仮名・ローマ字等で読みが明らかになること

インターネットで調査

中野坂・志村坂について

実地調査はしていないが、インターネットで調べる限り、第一に前提としていた、「中野坂」「志村坂」の発音については、公式の表記が発見できぬままに終わってしまった。

 というのも、駅名のインパクトが強いあまり、坂の下でも「中野坂上」を名乗るマンションがあるなど、とにかく「中野坂」単体の呼称が見当たらなかったためである。坂に立っている碑の画像も見つけたが、「中野」にしか振り仮名がなく、ローマ字表記はなかった。悔しい。

同様のことが志村坂にも言えて、「志村坂」自体がサカかザカか、明確な判断は下せなかった。しかし、「志村坂下」というバス停が存在し、そのバス停は「サカシタ」であることがローマ字から判明した。

発想の転換

駅名は影響力が強すぎたようだ。では、バス停や交差点名ならどうだろうか? バス停も交差点名も、ローマ字や自動放送から確実に読みを調べることができる。

都営バスだけで、概ね以下のような停留所が発見できた。都バスの英語路線図から探る限りでは、次のような発音だとわかった。

坂上(都02)・真砂坂上(都02)・合羽坂下(都03)・グランド坂下(上69)・初台坂下(渋66)・初台坂上(渋66)・成子坂下(宿91)・動坂下(東43)・団子坂下(草63)・仙台坂下(橋86)・仙台坂上(橋86)・魚藍坂下(品97)・三光坂下(田87)

 

停留所名 サカ/ザカ 上/下 ローマ字表記 坂名 サカ/ザカ 備考
坂上(都02) サカ 3 富坂 サカ  
真砂坂上(都02) サカ 1 真砂坂 ザカ  
合羽坂下(都03) ザカ 3 合羽坂 ザカ  
グランド坂下(上69) サカ 1 グランド坂 道路「グランド坂通り(Ground-zaka-dori)」
初台坂下(渋66) サカ 1 初台坂   京成バス「初台坂下(Hatsudai sakashita)」
初台坂上(渋66) サカ 1 初台坂   京王バス「初台坂上(Hatsudai sakaue)」
成子坂下(宿91) サカ 3 成子坂 交差点「成子坂下(Naruko-zaka Hill)」
動坂下(東43) ザカ 3 動坂 交差点「動坂上(Douzakaue)」
団子坂下(草63) ザカ 3 団子坂  
仙台坂下(橋86) ザカ 3 仙台坂 ザカ  
仙台坂上(橋86) ザカ 3 仙台坂 ザカ  
魚藍坂下(品97) ザカ 1 魚籃坂 ザカ  
三光坂下(田87) ザカ 3 三光坂 ザカ  
中野坂上(宿91) サカ 2 中野坂    

 

と、このような結果が見えてきた。「真砂坂上」に 代表されるように、本当にザカがサカウエに変貌する例の実在が示されたわけである。ちなみに、「まさござか」という振り仮名は、下の記事中の看板に映っている。

walkerhide.cocolog-nifty.com

そもそも「〇〇坂」をサカと読むかザカと読むかは連濁の問題が絡んでくるから難しいものの、ただ「上」「下」を付しただけでは決して清音化しないはずである。*1ここから、「坂上」には特に語として強い結びつきがあると言える。

 次回へ向けて

バスについては車内放送がYouTubeにないため、自動放送のアクセント確認には実地調査が不可欠であり、そのためにこの続編については執筆が遅れるものと思われるが、今後も図書館の書籍や地名の連濁に関する論文、実際の自動放送などを参照して考察してゆきたい。

*1:前回も示したが、「〇〇大橋下」などのようにただ「上」を付したときの発音はサカ\・ウエ‾となるはずで、サカウ\エとはならない

「〇〇坂上」の謎

先日、都内合成駅名めぐりという記事を書いた際、「中野坂上」と「志村坂上」という二つの地名をご紹介した。その記事中でも言及した通り、筆者を含め少なくない数の人はこの駅名を「中野/志村+坂上」だと思いこんでいただろうが、実際は「中野坂」「志村坂」という坂が実在し、その坂の上に存在するのが両駅なのである。つまり、実情は「中野坂/志村坂+上」であったと。

しかしここで疑問には思うまいか。地元民ではないから実際の発音は不確かだが、普通に読めば「中野坂」はナカノザカ、「志村坂」はシムラザカと読めて、どちらも「-ザカ」と濁る発音であるのに、「中野坂上」「志村坂上」は「-サカウエ」と、清音で発音されている点だ。先程述べたような「ナカノザカ/シムラザカ+上」の構造ならば、「ザ」は濁音のまま残るはずだ。これはおかしい。

 

疑問

「〇〇坂(ザカ)+上」のはずの地名が、〇〇坂上(サカウエ)と清音化するのはなぜか

 

では、検討していこう。

辞書を確認

第一に、「坂上(さかうえ)」という言葉が存在するのではないか、ということが挙げられる。辞書を引いてみると、

さか‐うえ ‥うへ【坂上
〘名〙 坂をのぼりきった所。坂の上。
彼岸過迄(1912)〈夏目漱石〉報告「其所へ来ると、坂下と坂上(サカウヘ)が両方共二股に割れて」

(精選版日本国語大辞典、2021年4月14日閲覧)

と、確かに載っている。

ちなみに、「坂下」についても、

さか‐もと【坂下・坂本】

[1] 〘名〙 坂の下。峠のふもと。さかした。
古事記(712)上「黄泉比良(よもつひら)〈略〉坂の坂本(さかもと)に到りし時」

さか‐した【坂下】
[1] 坂の下。坂の登り口。さかもと。
浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉二「坂下(サカジタ)に待たせて置た車に乗って三人の者はこれより上野の方へと参った」

(精選版日本国語大辞典、2021年4月14日閲覧)

大辞泉にも同様の記述があったから、これは間違いなさそうだ。ただし、どちらも用例が単体のものに限られるのが残念だ。

 

アクセントを確認

NHK日本語発音アクセント辞典によれば、

サカ\ 坂

ウエ ̄ 上(「~の上」は尾高)

(『NHK日本語発音アクセント辞典 新版』、表記は現行の「新辞典」に揃えて変換した)

 

と表記されている。

新辞典では音の上がり目の表記を取りやめたそうだが、ここであえて示すと「ウ/エ ̄」となる。つまり、「〇〇坂上」という地名が本当に「〇〇坂」+「上」であれば、「〇〇サカ・ウ/エ ̄」となるはず。

 自動放送を確認

これが正しい、というわけではないが、一つの基準として、自動放送を聞いてみよう。

中野坂上 ナカノサカ\ウエ

志村坂上 シムラサカ\ウエ

ちなみに、現地へ足は運んでいないものの、鉄道好きには放送好きというジャンルもあり、その道の方々が丸ノ内線三田線の全駅の自動放送の動画がYouTubeにアップロードされていたので、無事確認することができた。

これによると、なるほど「〇〇坂・上」の発音では無いことがわかる。つまり、可能性としては「〇〇坂上」で一語化している(複合名詞)可能性と、「坂上」の繋がりが強いために、「〇〇」+「坂上」になっている可能性とが残された形になる。

ここまでのまとめ

清音化している点から考えると、後者の可能性に則って「〇〇坂(ザカ)」が「〇〇」と「坂(ザカ)」に分解され、再び「〇〇」と「坂上(サカウエ)」が結合したと考えるのが有力かもしれない。

無論、自動放送が「間違っている」可能性もあるから、早合点にならぬよう気をつけることだが、ひとまず発音の観点だけからすると「〇〇坂+上」である可能性は薄そうだ、という点は言えるだろうか。

ここまでで、

・「坂上」は一語としてまとまりがある

NHKと自動放送を照らし合わせると、「〇〇坂上」(一語)か「〇〇+坂上」と取れる発音がされており、「〇〇坂+上」ではなさそうだ

という二点が推測される。

今後は当該自治体の「区史」やその他地名に関する書籍の確認などをしてみたい。また考察が進み次第、続編を書こうと思う。

kanchoiki.hatenablog.com

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