「〇〇坂上」の謎Ⅱ -ザカが-サカウエになる!?
前回の記事で「中野坂」「志村坂」が恐らく-ザカであるはずなのに、「中野坂上」は-サカウエと清音化してしまう件について問題提起をし、数点の考察で「〇〇坂上」は、「〇〇坂+上」ではなく、「〇〇坂上」で一語化しているか、あるいは「〇〇+坂上」の構造になっているだろう、という話を書いた。
しかし、ここで一つの疑問が生じる。そもそも「〇〇坂上」のベースとなる「〇〇坂」が、本当に-ザカと連濁したものなのだろうか、という点だ。端から-サカと言われていた地名が派生して-サカウエとなったとしても、それはごく自然のことであるからだ。
一つ例を挙げよう。文京区にある富坂だ。この坂の上に「富坂上」というバス停があり、実際にトミサカウエと読まれている(自動放送・ローマ字表記による)ことから、これも清音化の例かと予想したのだが、文京区が設置した看板の振り仮名によれば、そもそも「富坂」自体がトミサカと連濁の無い形で読まれていたのだ。
「中野坂」「志村坂」がそもそも連濁を引き起こしていなければ、この「坂上を付すと清音化する」現象の前提自体が崩れてしまう。そこで、以下のような条件で実例を収集することにした。
条件
「坂の名前」「"坂上"の地名」の両方が、公式発表(区の資料や立て看板・道路標識)の振り仮名・ローマ字等で読みが明らかになること
インターネットで調査
中野坂・志村坂について
実地調査はしていないが、インターネットで調べる限り、第一に前提としていた、「中野坂」「志村坂」の発音については、公式の表記が発見できぬままに終わってしまった。
というのも、駅名のインパクトが強いあまり、坂の下でも「中野坂上」を名乗るマンションがあるなど、とにかく「中野坂」単体の呼称が見当たらなかったためである。坂に立っている碑の画像も見つけたが、「中野」にしか振り仮名がなく、ローマ字表記はなかった。悔しい。
同様のことが志村坂にも言えて、「志村坂」自体がサカかザカか、明確な判断は下せなかった。しかし、「志村坂下」というバス停が存在し、そのバス停は「サカシタ」であることがローマ字から判明した。
発想の転換
駅名は影響力が強すぎたようだ。では、バス停や交差点名ならどうだろうか? バス停も交差点名も、ローマ字や自動放送から確実に読みを調べることができる。
都営バスだけで、概ね以下のような停留所が発見できた。都バスの英語路線図から探る限りでは、次のような発音だとわかった。
富坂上(都02)・真砂坂上(都02)・合羽坂下(都03)・グランド坂下(上69)・初台坂下(渋66)・初台坂上(渋66)・成子坂下(宿91)・動坂下(東43)・団子坂下(草63)・仙台坂下(橋86)・仙台坂上(橋86)・魚藍坂下(品97)・三光坂下(田87)
停留所名 | サカ/ザカ | 上/下 | ローマ字表記 | 坂名 | サカ/ザカ | 備考 |
富坂上(都02) | サカ | 上 | 3 | 富坂 | サカ | |
真砂坂上(都02) | サカ | 上 | 1 | 真砂坂 | ザカ | |
合羽坂下(都03) | ザカ | 下 | 3 | 合羽坂 | ザカ | |
グランド坂下(上69) | サカ | 下 | 1 | グランド坂 | ? | 道路「グランド坂通り(Ground-zaka-dori)」 |
初台坂下(渋66) | サカ | 下 | 1 | 初台坂 | 京成バス「初台坂下(Hatsudai sakashita)」 | |
初台坂上(渋66) | サカ | 上 | 1 | 初台坂 | 京王バス「初台坂上(Hatsudai sakaue)」 | |
成子坂下(宿91) | サカ | 下 | 3 | 成子坂 | ? | 交差点「成子坂下(Naruko-zaka Hill)」 |
動坂下(東43) | ザカ | 下 | 3 | 動坂 | ? | 交差点「動坂上(Douzakaue)」 |
団子坂下(草63) | ザカ | 下 | 3 | 団子坂 | ? | |
仙台坂下(橋86) | ザカ | 下 | 3 | 仙台坂 | ザカ | |
仙台坂上(橋86) | ザカ | 上 | 3 | 仙台坂 | ザカ | |
魚藍坂下(品97) | ザカ | 下 | 1 | 魚籃坂 | ザカ | |
三光坂下(田87) | ザカ | 下 | 3 | 三光坂 | ザカ | |
※中野坂上(宿91) | サカ | 上 | 2 | 中野坂 |
と、このような結果が見えてきた。「真砂坂上」に 代表されるように、本当にザカがサカウエに変貌する例の実在が示されたわけである。ちなみに、「まさござか」という振り仮名は、下の記事中の看板に映っている。
そもそも「〇〇坂」をサカと読むかザカと読むかは連濁の問題が絡んでくるから難しいものの、ただ「上」「下」を付しただけでは決して清音化しないはずである。*1ここから、「坂上」には特に語として強い結びつきがあると言える。
次回へ向けて
バスについては車内放送がYouTubeにないため、自動放送のアクセント確認には実地調査が不可欠であり、そのためにこの続編については執筆が遅れるものと思われるが、今後も図書館の書籍や地名の連濁に関する論文、実際の自動放送などを参照して考察してゆきたい。
*1:前回も示したが、「〇〇大橋下」などのようにただ「上」を付したときの発音はサカ\・ウエ‾となるはずで、サカウ\エとはならない