「話」と「話し」という致命的欠陥-2 ~積み重なる例外~

kanchoiki.hatenablog.com

前回のあらすじ

  • 「話した」がハナシタとハナシシタの両方で読めてしまう
  • 連用形は、音便形(-て に接続)と基本形(-ます に接続)がある
  • サ行は音便がない

名詞を作る連用形

さて、今回は「話」が名詞になる原理から話していきましょう。

実は、連用形は名詞を作る働きがあります。

「話」のほかにも、「笑い」「読み」「書き」「踊り」などがありますが、五段活用動詞(「-ない」をつづけたときに、「ない」の直前にア段が来る動詞)の連用形は、およそこのように連用形を持って名詞化し、その動作自体を表すことができます。さながらlaughがlaughingになるのと似ていますね。

なぜ「話し」ではなくて「話」なのか

ここで、疑問には思いませんか? 「笑う」「読む」「書く」「踊る」が名詞になると「笑い」「読み」「書き」「踊り」になるとき、漢字の読みは不変で、送り仮名一文字がついてきます。しかし「話す」は「話」に変わってしまいます。

じつは、この件については、理由はともかく、現象については下の記事によく書いてあります。

japanknowledge.com

何事にも例外はあるのですね。「恥」「光」も送り仮名を送らないですね。確かに。

複合サ変という存在

さて、では話を替えて、「話(はなし)した」という表現の原理についても考えていきたいと思います。先程も見たように「話(はなし)」は連用形由来の名詞でした。

名詞にサ変動詞*1の「する」をつけると、複合サ変という動詞になります。例えば「論」「読書」「ランニング」に「する」をつけると、それぞれ「論ずる」「読書する」「ランニングする」になります。

そして、複合サ変の特徴としては、(基本的に)名詞と「する」の間に「を」を挟んでも良い、というのが挙げられます。「読書をする」「ランニングをする」とも言えますよね*2

ここでは、名詞「話」に「する」をつけて、「話をする」という意味で「話する」(はなしする)となっているわけですね。なるほど。

問題発生

はい!!!! 事件です!!!!

何が事件か、おわかりいただけましたか? 現状をまとめると、

  1. サ行五段活用は例外的に音便がない
  2. 連用形で名詞化した「話」は例外的に送り仮名を送らない
  3. 「話する」(はなしする)という複合サ変が存在する

となっています。ここで、

  • 1.により、五段活用動詞のほうは、完了形が「話した」となる。
  • 2.3.により、「話+する」の複合サ変は、完了形が「話+した」=「話した」(はなしした)となる。
  • ⇒完全に同形の「話した」(はなした/はなしした)が誕生!

はい。見事に例外をすり抜けて、さらにサ行とサ変が同じ行という偶然? もあったために、悲しいことに「話した」は解釈不能になってしまいました。ある意味、かなり綺麗にできている現代日本語の、バグとも言えるかもしれません。*3

もしも……

では最後に、せっかくなのでこの日本語の"バグ"に対して、ifを考えてみましょう。

  1. サ行五段活用は例外的に音便がない
  2. 連用形で名詞化した「話」は例外的に送り仮名を送らない
  3. 「話する」(はなしする)という複合サ変が存在する

not 1. もしもサ行に音便があったら

例えば促音便で「話した」→「*話った」などと表記していたとしたら、

五段活用:「*話った」(*はなった)、複合サ変:「話した」(はなし・した)

と、形が変わるはず。

not 2. もしも「話し」の形で名詞化していたら(=送り仮名を送っていたら)

 五段活用:「話した」(はなした)、複合サ変:「*話しした」(はなし・した)

となるはず。

not 3. もしも「話」が複合サ変にならなかったら

そもそも競合相手がいないので、何も誤解はうまれません。

おまけ もしも「話す」がサ行ではなかったら

例えば「話く」(はなく)というカ行動詞だったとしたら*4

五段活用:「*話きた」(*はなきた)、複合サ変:「話した」(*はなき・した)

 

と、このようにどれか一つの条件でも欠けていれば、この"バグ"は起きることはありませんでした。そう思うと、愛おしく見えてすらきます。

まとめ

「話した」が二通りに読めるのは、数々の例外の果てに残ったものなので、むしろ愛おしいということでした。

ただ、一人の書き手としては、例えばチャットなどにおいては、「は」や「を」を省略しがちですが、ハナシタと読み違えやすそうな場合は、きちんと「話をした」などと補って丁寧に書くことを心がけていきたいですね。

*1:ようは普通の「する」です。「しない」「すれば」などと変化します

*2:「論ずる」など、厳しい場合もありますが。

*3:名詞化した「はなし」で送り仮名を送らないことにも意義はあります。この下で触れます

*4:ここではnot1と被らないよう、カ行では音便が起こらないという設定でいきます