「話」と「話し」という致命的欠陥-2 ~積み重なる例外~
前回のあらすじ
- 「話した」がハナシタとハナシシタの両方で読めてしまう
- 連用形は、音便形(-て に接続)と基本形(-ます に接続)がある
- サ行は音便がない
名詞を作る連用形
さて、今回は「話」が名詞になる原理から話していきましょう。
実は、連用形は名詞を作る働きがあります。
「話」のほかにも、「笑い」「読み」「書き」「踊り」などがありますが、五段活用動詞(「-ない」をつづけたときに、「ない」の直前にア段が来る動詞)の連用形は、およそこのように連用形を持って名詞化し、その動作自体を表すことができます。さながらlaughがlaughingになるのと似ていますね。
なぜ「話し」ではなくて「話」なのか
ここで、疑問には思いませんか? 「笑う」「読む」「書く」「踊る」が名詞になると「笑い」「読み」「書き」「踊り」になるとき、漢字の読みは不変で、送り仮名一文字がついてきます。しかし「話す」は「話」に変わってしまいます。
じつは、この件については、理由はともかく、現象については下の記事によく書いてあります。
何事にも例外はあるのですね。「恥」「光」も送り仮名を送らないですね。確かに。
複合サ変という存在
さて、では話を替えて、「話(はなし)した」という表現の原理についても考えていきたいと思います。先程も見たように「話(はなし)」は連用形由来の名詞でした。
名詞にサ変動詞*1の「する」をつけると、複合サ変という動詞になります。例えば「論」「読書」「ランニング」に「する」をつけると、それぞれ「論ずる」「読書する」「ランニングする」になります。
そして、複合サ変の特徴としては、(基本的に)名詞と「する」の間に「を」を挟んでも良い、というのが挙げられます。「読書をする」「ランニングをする」とも言えますよね*2。
ここでは、名詞「話」に「する」をつけて、「話をする」という意味で「話する」(はなしする)となっているわけですね。なるほど。
問題発生
はい!!!! 事件です!!!!
何が事件か、おわかりいただけましたか? 現状をまとめると、
- サ行五段活用は例外的に音便がない
- 連用形で名詞化した「話」は例外的に送り仮名を送らない
- 「話する」(はなしする)という複合サ変が存在する
となっています。ここで、
- 1.により、五段活用動詞のほうは、完了形が「話した」となる。
- 2.3.により、「話+する」の複合サ変は、完了形が「話+した」=「話した」(はなしした)となる。
- ⇒完全に同形の「話した」(はなした/はなしした)が誕生!
はい。見事に例外をすり抜けて、さらにサ行とサ変が同じ行という偶然? もあったために、悲しいことに「話した」は解釈不能になってしまいました。ある意味、かなり綺麗にできている現代日本語の、バグとも言えるかもしれません。*3
もしも……
では最後に、せっかくなのでこの日本語の"バグ"に対して、ifを考えてみましょう。
- サ行五段活用は例外的に音便がない
- 連用形で名詞化した「話」は例外的に送り仮名を送らない
- 「話する」(はなしする)という複合サ変が存在する
not 1. もしもサ行に音便があったら
例えば促音便で「話した」→「*話った」などと表記していたとしたら、
五段活用:「*話った」(*はなった)、複合サ変:「話した」(はなし・した)
と、形が変わるはず。
not 2. もしも「話し」の形で名詞化していたら(=送り仮名を送っていたら)
五段活用:「話した」(はなした)、複合サ変:「*話しした」(はなし・した)
となるはず。
not 3. もしも「話」が複合サ変にならなかったら
そもそも競合相手がいないので、何も誤解はうまれません。
おまけ もしも「話す」がサ行ではなかったら
例えば「話く」(はなく)というカ行動詞だったとしたら*4、
五段活用:「*話きた」(*はなきた)、複合サ変:「話した」(*はなき・した)
と、このようにどれか一つの条件でも欠けていれば、この"バグ"は起きることはありませんでした。そう思うと、愛おしく見えてすらきます。
まとめ
「話した」が二通りに読めるのは、数々の例外の果てに残ったものなので、むしろ愛おしいということでした。
ただ、一人の書き手としては、例えばチャットなどにおいては、「は」や「を」を省略しがちですが、ハナシタと読み違えやすそうな場合は、きちんと「話をした」などと補って丁寧に書くことを心がけていきたいですね。