「推しを推す」は重複表現か?

「頭痛が痛い」とか「馬から落馬する」のような言葉を「重言」(じゅうげん/じゅうごん)と言います。例などは下のWikipediaの記事を参照していただければと思うのですが、とかく人は重複表現と思しきものに厳しすぎるきらいがあります。

ja.wikipedia.org

私個人の感覚では、「頭痛が痛い」「馬から落馬」はたしかにやや違和感や回りくどさを感じますが、「違和感を感じる」「満天の星空」あたりは(特に会話であれば)気にしないくらいのものです。

ところで、Wikipediaが謎……

話は逸れますが上の記事は結構気になるところが多いです。

まず、書き出しがこうあります。

重言(じゅうげん、じゅうごん)は、「から落馬する」「頭痛が痛い」のように、同じ意味の語を重ねる日本語表現である。多くは誤用と見なされるが、意味を強調したり語調を整えるため[1]、あるいは理解を確実にさせるため[2]に、修辞技法として用いられる場合もある。二重表現重複表現ともよばれる[3]

 これは評価できる記述です。つまり、重言≠誤用だとはっきり述べており、重言があえて強調や語調のためなどに使われることもあると言っています。ですから、ここで重言の基準とは「同じ意味の語が重なっているかどうか」であり、「誤用かどうか」は重言の判定基準とは無縁なわけです。これは大事ですね。

しかし、この記事の後半、

重言のようで重言でないもの[編集]

  • 違和感を感じる - 違和感の「感」はこの場合「感じ、感覚」という意味のため、「感じる」とは意味が異なる。
  • 歌を歌う - 「歌」と「歌う」は意味が異なる。
  • 数を数える - 「数」と「数える」は意味が異なる。
  • 音楽を楽しむ - 「音楽」の「楽」はこの場合「かなでる」という意味のため、「楽しむ」とは意味が異なる。

以上の例はすべて、漢字が重複しているだけで意味が重複しているわけではないので、重言とは言えない[11]

  1. ^ これは英語に翻訳して考えればわかりやすい。たとえば「歌を歌う」は英語だと「sing a song」、「数を数える」は「count the number」、「音楽を楽しむ」は「play the music」である。どう見ても普通の表現で、重言ではない。

これは本当なのでしょうか……。「痛い」と「頭痛」は同じ意味で、「歌」と「歌う」は意味が異なるのでしょうか? 英語に翻訳すれば「頭痛」「痛い」だってheadacheとbe painfulとかで別の表現になりますよね。

 さらに、重言の例として挙げられているのも怪しくて、

事前予約、事前予想、事前予測、事前予知、事前予報、事前予習など - 「予」は、「事前に」という意味である。

 これについても、例えば「事前予約」は「当日予約」に対して言われる場合もあるでしょうから、その場合は「"予"約」のなかで「事前」と「当日」の区別をしている、という可能性だってあると思います。

この記事、色々怪しいなとは思うのですが、自分も特に詳しくないので、書き換えはせずに置きますが。

 

同族目的語?

本題に戻ります。結局、動詞と(動作を表す)名詞の間での重言を避けるためには、「落馬する」「頭痛がする」などと言えば良いわけなのですが、次のような例はどうでしょうか。

  • 推しを推す
  • 踊りを踊る
  • 歌を歌う*1

これらは恐らくあくまで他動詞的な性質が大きいがゆえに、例えば「推すことが生きがいです」と言われたら、「何を?」と聞かれてしまいます。*2

恐らく元が他動詞だったのが原因で、これらの言葉は目的語に同じ言葉を重ねるのが普通です。これらの動詞について重複表現は避けるべき、ということはありません。先程のWikipediaの記述同様、重言≠誤用です重言は読みづらいと思ったときに、話者が意図的に避ければ良いだけのものなのです*3

英語には同族目的語というのがあって、"live a life"とか"sing a song"と言った、ほぼ意味のかぶる言葉を目的語の位置に置く表現がありますし、これも似たような例として考えて良いでしょう。*4

 

以上、(実際に同族目的語かはさておき、)日本語にも同族目的語に類似した表現があるということで、ここにメモとして残しておきます。

おまけ:修飾語がつけば良い

そういえば、重言であってもおかしくならない例があります。それは修飾語がついた場合です。

たとえば、「愛馬から落馬する」とか「富士山に登山する」は特に違和感なく受け入れられるかと思います。どちらも「馬」や「山」という重複部分を持ちながらも、いずれも包含関係にはないから、"無駄"を感じにくいからではないでしょうか。 

*1:先程すこし触れましたが、意味が重複していないとは言い切れないと思います。歌う対象はすべて歌ですし、歌はすべて歌われるものですので。

*2:「歌」や「踊り」はもう少し自動詞的な部分もありますが(「ピアノに合わせて(歌う/踊る)」など)、座りが悪いのか、単体で「歌う」「踊る」を使う時は「歌を歌う」「踊りを踊る」になりやすいですね。「歌を歌う」はデジタル大辞泉で例文にも出ていました。

*3:もしかしたら「推しを推す」と「頭痛が痛い」の間に何かしらの線引きができるのかもしれませんが、今回は区別せず、重言は気になったときに避けようとしてまとめます。

*4:同族目的語は元が自動詞の語に目的語として同義の語を重ねるのだ、という記述も見かけたのですが、日本語はどう見ても他動詞に重ねていますよね……このへんは後で調べましょう