間接受身文:「中村に村山に山田に田中に手紙を渡されたと……」

こんにちは。趣味は文法的に正しいのに難解な文を作ることです。十分ほど悩んで、こんな文を作ってみました。

例文

中村に村山に山田に田中に手紙を渡されたと話したと明かした。

これは間接受身というのが軸になった文です。どういう意味かわかりますか? まず、「〜(し)たと」が2つあることから、

「『〜』と話した」と明かした。

という構造の文であることがわかります。*1

そして、複数ある「に」の中に「明かした」「話した」の対象となる文節があるだろう、と考えると、

中村に「村山に『〜』と話した」と明かした。

であろうと見当がつきます。では、最後に『〜』内を考えると、

山田に田中に手紙を渡された

これが間接受身文です。受身の原則通り、「AにBされた」と言う構造で「AがBした」という意味になりますが、ふつうの受身(直接受身)と違うのは、主語が目的語になっていないことです。たとえば次の2つを見てください。

(1) 校長は生徒に笑われた。

(2) 校長は生徒に校長室の花瓶を壊された。

上の文では、「生徒が校長を笑った」と言えますから、校長は可哀想なことに受身の主体です。しかしながら下の文では、「生徒が校長室の花瓶を壊された」のであって、校長はとくに何かの動作の受け手にはなっていません。これを「迷惑の受身」とか「間接受身」と言います。文字通り、迷惑が降り掛かったときに使います。*2

この間接受身の構造を当てはめてみましょう。まず語順からして「山田が」-「渡した」の構造でしょう。

そして田中については、山田が「田中に手紙を渡」したというだけのことです。整理すると、

「山田が田中に手紙を渡した(ことで私が迷惑を被った)」

→「(私は)山田に、田中に手紙を渡された

この場合、山田のおかげで迷惑を被ったわけですから、「田中には手紙を渡すなと言っておいたのに、」とか「自分が先に渡したかったのに、」というような文脈が必要になります。これが迷惑の受身、間接受身です。

というわけで、「中村に村山に山田に田中に手紙を渡されたと話したと明かした。」は、「山田が田中に手紙を渡したせいで私は迷惑を被ったのだ、と村山に話したという事実を中村に明かした。」と言う意味でした。面倒くさいですね。

添削

では、せっかくわざわざ面倒な文を作ったので、自分で添削して、文意が伝わりやすくしてみましょう。

まず、この場合は主語と動詞は近づけたほうがわかりやすいので、「〜と村山に話したと中村に明かした」とするとすっきりしますね。さらに、「と」の連続を解消して、「〜と村山に話したことを中村に明かした」くらいにしましょうか。

さて、問題は間接受身文です。これはどうにも変えづらい。

「山田に田中に手紙を渡された」

たとえば、「田中に」を「田中へ」に変えてしまうと、「に」が到着点をイメージするのに対して「へ」は方向なので、ニュアンスが変わってしまい、「渡した」(=手渡した)という言葉と合いません。むしろ「送った」に近くなります。

うーん。かと言って、「山田に渡された」は迷惑を表すために変えられません。というわけで、言葉を足す方向で考えていきます。たとえば山田と自分が手紙を先に出すので競っていたなら、「山田に先を越されて田中に手紙を渡された」とか。山田に駄目だと念押ししていたなら、「山田にあれほど言ったのに田中に手紙を渡された」なんて言うのはどうでしょうか。

まとめ

山田に先を越されて田中に手紙を渡された、と村山に話したことを中村に明かした。

*1:「と」には文を括る働きがあります

*2:ちなみに、下の文であえて「校長室の」を付けた理由は、属格(所有格)の主題化でないことを明示するためです。たとえば「浜松の名産は鰻だ」を「浜松は〜」の形に言い換えると、「浜松は鰻が名産だ」と言えます。このように「の」で表されていた部分を「は」にして文の主題にすることができるので、「校長は花瓶を壊された」は「校長の花瓶が壊された」の「校長」を主題化(簡単に言えば校長にフォーカスした、ということ)した文とも解釈できてしまうわけです。実は校長室の校長の花瓶という線もありますが、ひとまずこのへんにしておきましょう。